ハバナ(キューバ)ー 時が止められた街

Thanksgiving の休み中にキューバの首都、ハバナを訪れてきました。
アメリカ人にとってこの休みは家族と時間を過ごす大事な時。そのため、今回の旅はインターナショナル色が強いメンバー、ドイツ、ギリシャ、インド、中国、オーストラリアなどの出身の同級生と共に行ってきました。

キューバとアメリカとの国交関係は着実に改善の道を辿ってはいるものの、渡航に当たっては専用のVISAを必要とします。今回、同級生の一人がキューバを専門とするTravel Agencyと話をつけてくれ、VISAをあらかじめ手に入れて渡航しました。ただ、日本のパスポート所有者にとっては比較的ハードルは低いようです。

写真と共に旅の概要を紹介、する前に、ザッとキューバのユニークな歴史の概要をご紹介したいと思います。
15世紀後半、コロンブスに発見されたこの島は、その後400年以上にも渡りスペイン人に統治されます。奴隷貿易を礎に砂糖や葉巻など限られた産業が発展し、この頃にハバナなどの主要都市の骨格ができあがります。そのため、旧市街地を回るとヨーロッパの影響が色濃く残る建築により街が作られていて、当時の繁栄の痕跡を感じることができます。
その後、20世紀初めにスペインからの独立を果たすものの、それは同時にアメリカによる半植民地支配の開始でもありました。独裁政治とアメリカへの富の流出、これが結果的にカストロとチェ・ゲバラによる独立革命の引き金となります。1959年、革命政権誕生後はアメリカとの関係が急速に悪化、キューバはソ連と接近することで経済的支援を得ることに成功しますが、ソ連崩壊後、経済的後ろ盾を失うことで不況のドン底へと落ちていきます。その後、アメリカの経済制裁は徐々に和らぎ、中国など他国からの関係を深めるなど、状況は少しずつですが改善しているようです。2008年に携帯が解禁、2011年に初めて民間企業が合法化されました。(とはいえ、かなりの制限は受けており、民間企業はバーなど観光客を相手にする一部の業態に限られているとのことです)

そんな文脈を頭に入れつつ街を歩き回ることで、時が凍結された街をより深く観ることができると思います。
これからご紹介する写真の中にもご紹介したキューバの歴史を垣間見ることができます。

初日は夕方に到着したために、夕飯の場所まで夜の街を歩くことに。
ご覧の通り、ヨーロッパの広場がそのまま表現されています。一つ異なるとすればその状態。手を加えられないまま、100年以上の月日を超えてそこに立っている、そんな印象も受けます。

旧市街地の中心にある建物は彩どりに塗られているため、色鮮やかな街並みを創り出しています。
(ただ、ほぼ廃墟化している建物があったり、建築の元のクオリティとのギャップをかなり感じたり)

民間で所有が可能な車は1959年の独立以前、アメリカから輸入されたもののみ。(しかも現地の水準からして平均年収の100倍近い高値)化石のようなクラッシックカーが嘘のように普通に街中を走っています。
同級生20人でオープンカーに乗り込み、街中を音楽をかけながら乗り回す、そんな経験はもうないでしょう。

旧市街の中心部にある国立美術館。キューバ美術を直接観るのはほぼ初めてでしたが、そのクオリティの高さに驚かされました。1850年代以降の展示がメインでしたが、どの時代をとっても最先端の質を保っています。国外へのアートの流出が少ないからなのか、この美術館はハバナにとって宝庫のような存在です。展示室も各階、自然光が壁面から間接的に取り入れられるような工夫がされているため、心地よく鑑賞することができます。

ヘミングウェイの自宅です。ハバナ郊外に住んでいたのですね・・・『老人と海』もここで書いたとのこと。

独立のヒーロー、チェ・ゲバラの壁画を街中で多く見かけます。

こちらは60年以上前に建てられた豪邸。メンテナンス状態は悪くボロボロですが、過去の栄光の面影を現代までしっかりと残しています。

キューバの定番、葉巻とラム酒。コヒーバというシガーの最高品種と共にラム酒を味わいました。実は僕にとって初めての喫煙経験。お酒とともに味わう味は、香り高く余韻深く、最高でした。

ギャラリーとバーが一緒になった、若者向けのスポットもあります。ここのギャラリーもなかなか良かった。

キューバのビーチも楽しみました。海が透明で綺麗。

ちなみに泊まった宿はAirbnbです。広さ、設備共に問題なく生活できるレベル。キューバの住宅らしい小さな光庭もある、旧市街の中心にある便利な宿でした。